© 1996-1997, Kyu-hachi TABATA
ヘルシンキだより #13      1997- 6-19 記

6月11日より、3年に1度の国際学会、VIth International Conference on Tooth Morphogenesis and Differentiation (=歯の形態形成と分化についての第6回国際会議、通称 TMD97 または今回の開催場所にちなみヨーテボリミーティング)が開かれました。このため、忙しくも充実した1週間あまりを過ごしました。


13-1 栗栖先生の来フィン(6月9日〜11日)

TMD97(ヨーテボリミーティング)へ参加する前に栗栖先生がヘルシンキへ立ち寄られました。まずは、私の風貌が変わっていたので驚かれた よう です。実は、私は来フィン以来、髪を切らずにのばし続けており、3月ごろから髪を後ろで縛っているのです(スモウ・レスラーみたいだとか、ニン ジャだとかいわれておりました)。10日には、研究所を訪れ、セミナーをして下さいました。おりよく(?)、阪大の様子を紹介するスライドの 中に は、スポーツ刈りの頃の私が写っており、ラボのみんなが驚く番でした。

13-2 Irma の家に招かれる(6月10日)

6月8日から一時来フィンされている高野吉郎先生(東京医科歯科大学教授、ハヤトの前のボス)と栗栖先生、そして私と潤子、綾子が Irma の家に招かれました。Irma の家は、ヘルシンキの西側に隣接する田園都市エスポー Espoo にあります。Irma の友人 Pekka と Maija と共に歓談し、心のこもったもてなしを受けました。フィンランドでは人々の暮らしが森や湖と調和しています。Irma の家もその典型でした。

13-3 ヨーテボリミーティング(6月11日〜14日)

スウェーデン第2の都市、ヨーテボリに飛行機で移動。「ホテル11」というホテルに缶詰になってミーティングです。Irma のラボ(ヘルシンキチームと呼ばれていた)はそのメンバーのほとんどが参加しました。ミーティングでは、様々な角度からなされた歯の発生研究が発 表されました。また、論文等で名前はよく知っているけど会ったことがない、そういう研究者たちに会え、情報交換できるのは学会ならではの楽し みで す。面白かった演者と内容はつぎのとおり。

11日: Kollar の口演。有名な「トリに歯を作る」実験の話。オリジナルスライドはやはりすばらしいものでした。
12日: Jukka Jernvall の口演。彼は新しいタイプの進化学者です。

Tuija Mustonen のポスター。Fringe 遺伝子がマウスの帽状期歯胚で Buccal 側の外エナメル上皮に発現していました。
13日: Paul T.Sharpe の口演。歯のホメオ遺伝子発現の研究。あそこまでやられると後追いする気が失せるほどです。

Hanko Peter の口演。Pax9 KO マウスを使って、Pax9 が Msx1, Bmp4, Lef1 の上位にある遺伝子であることを示しました。

Wilhelm Philbrick の口演。PTHrP KO マウスを使って、PTHrP が歯の発生には影響が少ない事、ただし、歯の萌出には必要な事を示しました。口演後、彼と Discussion。我々の PTHrP AS 実験と矛盾しない事を確認しました。彼とはこのあと、何度も Discussion したり、雑談したりしました。
14日: Kazuhiro Etoh の口演。歯の Lingual 側の口腔粘膜上皮が前腸の内皮細胞由来であることを示しました。Tuija の Fringe 発表とあわせて、感じたのですが、今後の歯の発生研究は、「歯の方向がどうやって決まるか」ということになると思います。

このほか、Cheng Dan Fong(Amerin 1/2 の発見者)、Christine van der Heyden(Zebrafish の歯の発生)、Janna Waltimo(ヘルシンキ大学歯学部)などと親しくなりました。Richard Ten Cate は私のポスターを結構、丹念に見てくれました。Malcolm Snead は、その巨体と人間の良さに驚かされました。Ruch のグループの Re'gine Schmitt はわざわざ私を探し出し、Organ culture の方法やアンチセンス法について質問してくれました。どうも、Kristina Heikinheimo と一緒に仕事をしていたのではないかと思います。

13-4 ヨーテボリ観光(6月11日〜15日)

学会初日に時間があり、大聖堂、クリスチャン教会、東インド会社、クローンフーセット、ヨーテボリ海洋センターなどを見ました。海洋センター では いろいろな船が浮かべてあり、中に入る事も出来ます。Uボートが圧巻でした。学会中は、レセプションで美術館へ。それと最後のディナーで船に乗 り、小島にある城 New Elsborg Castle へ。


今回の学会では、潤子と綾子も同伴しました。二人は、私が缶詰なのを尻目に、市内観光やショッピング、リーセベリ遊園地、パッダンという遊覧 船な どを楽しみました。ヨーテボリは港町、運河の町です。水路を使った観光=パッダンは、そうした町のにぎわいを次々と見せてくれて、しかも軽快です ばらしく楽しかったそうです。後日、オスロ行きの車中で知り合った婦人が「パッダンに乗ったということは、ヨーテボリを見たということです」 と教 えてくれました。ヨーテボリ滞在中の毎日がすばらしい天気でした。15日に近代的なビジネスビルの展望台(通称、見晴らし塔、地上86m)に登 り、ヨーテボリ観光を終えました。

13-5 オスロへ(6月15日)

フィヨルド、ムンクの絵、バイキング船などなど見たいものがたくさんのノルウェーの首都オスロへ。でも、列車もホテルもフィヨルド観光もすべ て予 約がとれないままの旅のはじまりでした。

ヨーテボリ中央駅を 15:10 出発予定の国際列車(デンマーク・スウェーデン・ノルウェーの3ヶ国を結ぶ)の切符を買う事ができました。しかし、デンマーク・スウェーデン間の連絡船の 遅れから、出発が50分遅れ。指定座席がとれなかったため、大きな荷物を持って右往左往。でも、個室に相席させてもらえることになり一安心 (空席 ならすわってよいらしい)。個室に座っていた相席の二人が感じが良く、ひとりはヨーテボリ大学で東洋史専攻という学生さん(途中の駅で下車)、も うひとりはオスロにあるゲストハウス(=ホスピス)にいるお母さんに会いに行くという婦人。車窓の景色もすばらしく、野ウサギや馬、箱庭の様 な 家々、ルピナスの花の群落、ジャガイモ畑、麦畑、トマト畑、レッドオークの木などなど、婦人といろんな話をするうちにオスロ到着。個室の雰囲気が よかったし、会話が楽しく、いい列車の旅でした。

オスロでのホテル探しは、駅のインフォメーションでと考えていました。しかし、列車の遅れから、すでに閉まっている時間。困ったなあ。と、そ こに 貼り紙あり。電話をすると Terje S. Gudmundset という初老の男性が現れ、彼のフラットの一部屋を 150 Nok/person/day (一晩一人 \2700)で借りられる事になりました。彼のフラットは駅から歩いて10分のところにありました。借りれた部屋は、3人分のベッドと机、テーブル、テレ ビなどが置いてあり、壁にはカーペットや絵がかけており落ち着く部屋でした。オスロではホテルが不足しており、シーズンにはこうした個人で部 屋を 貸してくれる人が出るそうですが、相場は 200 Nok から。Terje の料金はかなり安めでした。そして彼はとても親切でした。

13-6 オスロ観光(6月16日)


旅の疲れから昼まで睡眠。昼過ぎから、駅に行き翌日のフィヨルド観光を予約。オスロカードという観光チケットを買い、観光開始。地下鉄、トラ ム、 船を使って、王宮(衛兵がいる)、国立美術館(ムンクの代表作あり)、ノルウェー民俗博物館(さまざまな古い家屋、木造教会などが展示されている 野外博物館)、バイキング船博物館(3隻展示。感嘆)、フラム号博物館(有名な北極探検船)、フログネル公園(Gustav Vigeland による大彫刻公園)を見て回りました。

バイキング船(9世紀の建造)と木造教会(11世紀末ごろ建造)のすばらしさは言葉にあらわせません。どちらも木で造られていながら、大きな建造 物であり、なめらかなカーブは美しく、それでいて機能的でもあります。また、どちらも厳しい自然に耐えうる強さがあります。ムンク、ビーゲラ ン、 イプセン、グリーグ、ナンセン、アムンゼン、ハイエルダールなどさまざまな人物を輩出した国にふさわしい歴史を感じました。


13-7 フィヨルド観光(6月17日)

フィヨルド fjord とは、「陸地の奥深く入り込み、両岸が急傾斜し、横断面が一般にU字形をなす入り江。氷河谷の沈水したものと考えられ、スカンディナヴィア半島・南米南端 などに見られる(広辞苑)」ものです。フィヨルドは良港をもたらすため、昔はバイキングたちを育て、近代ではノルウェーの造船業を育てまし た。多 数の有名なフィヨルドがノルウェーにはありますが、今回はオスロをベースにするコースを選びました。

朝 7:15 にオスロ駅へ。7:42 発のベルゲン行き列車に揺られて、ミュルダール Myrdal(海抜 867m)まで約4時間半。途中は、ほとんど上り坂でしかも山間を縫う様に進みます。最高地点はミュルダールより1時間ほど手前のフィンセ Finse 駅(海抜 1222m)でした。トンネルと雪原のくり返し、2度ほど「氷河 glacier が見えます」というアナウンス。でも、照り返しの強い真っ白な世界で彼方を見つめるのは、結構きつく、はっきりとわからないままでした。見所は、時に列車 の右、時に左と変わります。その度にお互いゆずりあうようにして、景色を楽しみました。オーストラリア人の Steave、ブラジル人夫婦、アメリカ人の女性などが一緒でした。

ミュルダールに 12:28 到着。フロム Flam 線に乗り換え、12:32 発。フィヨルドの谷間へと下って行きます。途中、いくつも滝があります。これらはすべて雪解け水によってできる滝で、初夏の今しか見られないものです。そ のひとつヒョース滝 Kjosfoss のところでは、列車がわざわざ停車してくれます。この滝は高さ 93m だそうで水量も多く、すばらしいものでした。列車はこのあともどんどん下って行き、フロム到着(13:30)。

昼食をとり、フェリーで出発(14:40)。世界一長いソグネフィヨルド Sognefjord から分岐したアウランフィヨルド Aurlandsfjord とナールフィヨルド Naeroyfjord を2時間の遊覧。延々と続く垂直な壁の峡谷に感動はやや麻痺気味。むしろ、時々あらわれる小さな村落や、崖の上の小さな家に感嘆しました。グドバ ンケン Gudvangen に 16:40 着。このあとバス(というよりタクシーバン)に乗って、オスロへ。途中、休憩と夕食をとり、オスロ駅に戻ったのは 22:30 でした。

フィヨルドは聞いていたとおり、美しいものでした。しかし、それよりもノルウェーの自然の厳しさと、人々がその中で自然環境を損ねずに過ごし てい ることに感嘆しました。ごみや汚れが全くといっていいほど見当たらなかったのです。天気もよく、「ノルウェーの森」や「スカンジナビアの空」を満 喫した一日でした。

13-8 ヘルシンキに戻る(6月18日)

Terje の部屋を出発する時が来ました。彼にお金を払い、お礼を言いました。彼は、旅をするのが好きで、世界の古い遺跡をめぐっているとのことでした。パックツ アーなどは安くなるのだけど、自由な旅ではなくなるのでいつも一人で旅をするとのこと。「次に行きたいのはエジプトだ。ピラミッドを見た い。」そ う言って眼を輝かせていました。

オスロ駅から ICE (Inter Continental Express) に乗ってヨーテボリへ。新幹線のような最新イメージの列車でした。ヨーテボリで少しばかり時間を潰し、飛行機でヘルシンキへ。1週間ぶりのヘルシンキは、 さらに緑が増し、花が増えていました。久し振りに聞くフィンランド語も心地好く、自分の住処に帰って来たような喜びを感じました。

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