© 1996-1997, Kyu-hachi TABATA
ヘルシンキだより #19     1997-10-17 記

秋分をすぎ、いよいよ夕暮れが早くなってきました。ヨーロッパ各地では、夏時間が終わりますが、フィンランドではもう1ヶ月夏時間が続きま す。でも、もう秋も終わりに近い状態で、キノコも盛りを越しました。10月に入り、朝夕の冷えこみは 0-4度となり、紅葉した葉が落ちはじめました。10月7日朝には初霜。翌日からの落葉はいっそう増して、帚木(ほうきぎ)が日に日に増えて きました。

帰国が近くなるにつれ、仕事も多忙を極め、今月は科研申請書類作成もあって、さすがに疲れて来ました。でも、近くの森を歩いたり、こちらで知 り合った方からの招待を受けたりしたのが、いいタイミングで疲れを癒してくれます。最後まで心身ともにいい状態を維持できそうです。


19-1 ヴィッキのサンクチュアリ(9月28日)

生物工学研究所の南側には、ヘルシンキ大学農学部の広大な牧場があります。そしてそのさらに南側から海辺までが、森と干潟が自然のままに残さ れており、遊歩道にそって散策できます。日曜日の午後、このサンクチュアリを歩いてみました。

フラットからは、鉄橋をわたる近道を歩いて約15分で牧場の角にでます。そこからクリーク沿いに歩いて牧場の端を横切り、森へとはいりまし た。道沿いで初めてみる種類のキノコや、さまざまな植物、キジなどに出会いました。森には自転車も走っている遊歩道がありますが、これよりも 1本南側の野道をゆきました。この道の起点と終点には木造の展望台があります。これらに登ると広い干潟を見おろすのに格好で、葦原の薄黄色の 穂波がきれいでした。遠方には、大聖堂などヘルシンキの中心部が見えます。紅葉の始まった森も美しいものでした。帰りは遠回りをして、農学部 の敷地を抜けました。牛やヒツジを見る事ができました。

19-2 カンテレ

フィンランドの民俗楽器に、カンテレという小型のハープがあります。オーストリアやバイエルンに伝わるツィターにも似ていますが、基本は5 弦。フレット(指板)がないので5音のみしか出ませんが、澄んだいい音がします。それで、この夏、5弦、10弦、36弦カンテレと3台も買っ てしまいました。36弦カンテレは、プロが使っていたという立派な楽器でしたが、かなりの中古でウソのような値段でした。弾きやすいのは10 弦カンテレ。短調に調弦して手すさびとしています。先人に倣うわけではありませんが、西郷隆盛に仕えた村田新八の手風琴みたいだと思います。 目的以外のことをひとつぐらい覚えて帰るのもいいものだと思っております。

フィンランドのルーツともいえる物語「カレワラ」では、主人公ワイモナイネンがカンテレを弾きながら歌い、人々をまとめ率いて行きます。歌を 武器にして戦うこともありますし、歌によって木々と話をしたりします。フィンランドならではの楽器、それがカンテレなのです。

19-3 ペリマンニの音楽

夏至の頃、ポルヴォーへ行く船(ルーネベリ号)の中で、ペリマンニと呼ばれる楽士の演奏(ヴァイオリンとアコーディオン)で居合わせた人々が 楽しそうにフィンランドの唱歌を歌うのに出会う機会がありました。この国の人々は、酔うと皆で歌を歌ったり、ダンスを踊るのが本当に好きで す。そういう場に呼ばれ、演奏するのがペリマンニです。

ペリマンニとは民衆の演奏家。正統な音楽教育を受けていない場合が多く、よい耳と音楽を愛する心、そして楽器やさまざまな伝承歌を親から子へ と引き継いで今に至る人々です。ゆりかごから墓場まで、喜怒哀楽を人々とわかちあう音の語り部です。

小野寺誠さんという方がペリマンニの一員として生活した様子を「白夜の国のヴァイオリンひき」(新潮社 1986年)という本にしています。潤子が日本大使館領事部から借りて来てくれました。久しぶりに時間を忘れて、読みふけりました。

19-4 最後の Tabby ミーティング(10月7日)

私にとっては最後の Tabby ミーティングがハートマン研究所でありました。万全の準備をしたかったのですが、突貫でやったにもかかわらず、かろうじてデータが出揃った状態でした。た だ、あとは、quality work にデータを差し替えてゆくだけですし、多少の取捨選択が可能になりましたから、出来る範囲でまとめてゆこうと考えています。妙なあせりはありません。帰国 ぎりぎりまでできることをするだけです。
この日は、久し振りのよい天気。3時のミーティング終了後は、ひとりでトゥーロン湖のまわりを散策し、その後、バスで移動して、ヴァンター川 の河口付近から川沿いに歩いてアパートまで帰りました。いい気分転換になりました。

Tabby グループは、最初は4人だったのが、今では9人。しかも、5人までがポスドク。私が抜けたあとは、同じく Irma のラボから Maija Pekkanen が入ります。Irma の持ち部屋が増えたのをきっかけに Tabby グループの部屋ができました。

19-5 進化の話

進化というと化石や現生生物をベースにした比較形態学が長らく主流でしたが、1980年ごろから分子遺伝学が「分子時計」の概念を持ち込み、 1990年代は発生生物学が「形態形成遺伝子の進化」を持ち込みつつあります。この第3の波は、ホメオボックス遺伝子などの形態形成遺伝子の 知見の豊富な蓄積が背景にあり、遺伝子レベルで生物の進化を研究する時代に突入しています。近年のKO動物の作成技術のひろがりは、将来、進 化の実験を可能にするかもしれません。Irma のラボでも、ソイレ Soile とユッカ Jukka の二人が「歯の進化」をやっており、進化の話題に事欠きません。 上記二つはおすすめの本。特に2番目のは、著名な発生生物学者ふたりによって書かれた意欲作だと思います。それから、発生生物学関係ではもっ とも老舗の学術誌 Roux's Archives of Developmental Biology が誌名変更して、Development, Genes and Evolution になりました。これも時代を反映していると思います。

19-6 ニシンまつり

10月はニシン Silakka の季節。お腹に卵や白子をいっぱいつめたニシンの季節です。カウッパトリ(=マーケット広場)では、ニシンを売る店で賑わいます。塩漬けや焼いたものなど を買ったその場で食べたり、家でビールやウォッカと合わせたり、白いご飯で食べたりします。一緒に売っていた Muikku という小魚(アブラヒレがあるのでサケマス科か?)のフライも美味しいものでした。

19-7 アカリスの衣更え(10月15日)

毎日、森の小径を歩いて幼稚園 Pa"iva"koti に通う綾子は、キノコやリス、ウサギのことをよく知っています。「いつものリスが白っぽくなって来たの。図鑑にあるのとおんなじ。」という綾子の報告を受 けて、私も森へ。本当にそのとおり。冬毛(=灰色)に変わっていました。

綾子に小さな図鑑(Luonnon Poluilla という文庫サイズの図鑑。フィンランドの動植物、昆虫、キノコ、鉱石などが 555種が載っている)を買い与え、和名などを書き込んでやり、使い方を教えたのは今年の春。今では、自分で調べて、いろいろと報告してくれ るようになりました。自然が身の回りにあることを幸せに思います。

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