© 1996-1997, Kyu-hachi TABATA
ヘルシンキだより #1     1996-11-11 記

おかげさまで、なんとか過ごしています。思っていたほどは寒くなく、大阪の冬ぐらいの寒さです。まだ雪は見 ていませんが、先日、路面の水たまりが初めて凍っていて、それを蹴りながら、こちらの人が「ああ、冬がいよいよくるなあ」と言っていまし た。つまり、こちらではまだ秋という感覚のようです。やっぱり覚悟しないと相当な寒さかもしれません。でも、ヘルシンキは暖海流の影響で ずいぶん暖かい方だときいています。天気のいい日には、バルト海の方向に大きな入道雲が見えますから、多分そのとおりなのだと理解できま す。でも、結構寒いのに、向こうに入道雲が見えるというのはとても変な感じです。もちろん、遠景ですが。


1-1 ヘルシンキ大学生物工学研究所というところ
 
さて、こちらの研究所は、予想以上にすごいラボで す。建物は 1995年にできたばかりで、セキュリティや動物の飼育設備、テクニシャンの教育、学内・ラボ内ネットの設置など、すべてが行き届いてい ます。学生の質も高く、一人でどんどん仕事を進めているのには感心します。設備ももちろん充実しています。ただ、こちらの人の気風でしょ うか、無駄なものは極力、省くようにしているようで、最小限の広さと設備をうまく運用しているように見えます。
 
教室の単位は、一人の教官(教授か講師)がひとつのグループを率いるようになっており、助教授や助手はいません。つまり、ひとりの教官が10 数人の学生を指導するというシステムで、しかも、学生への奨学金を教授の研究費から出すというシステムです。つまり、すべての学生が教授から お金をもらって、働いている形になっているようです。学生の数が多いところほど、運営が大変になるわけです。大学からは、教官一人、学生一 人、技官一人ぶんの給料および奨学金を一組にして支給されるだけだということでした。グラントは大学の中で競うようです。

Irma は来年度分から5年間、毎年20億ドル相当の大きなグラントがあたり、私が初めて大学を訪ねた 11月1日には、シャンペンをあけてラボ全員でのお祝いがありました。なんでも、60の応募があり、5つだけが採択されたとのことでした。 ちょうど、Tabby の cloning が終わったばかりということもあり、私はいいタイミングできたといわれました。

1-2 私の仕事〜こちらの道具など

私の仕事は Tabby ですが、まずは慣れるまでは組織切片でも作って、Tabby の in situをやろうということになり、連日、歯胚や whisker の試料を作っています。顕微鏡はオリンパスの実体顕微鏡(最高のと中型のと)で下からの透過光で作業します。慣れないものですから結構目がつかれます。し かし、E12 以前の歯胚には透過光の方が見えやすいようにも思います。道具は、私たちのようなピンセットは全く使いません。ディスポの注射針を 1ml のシリンジにつけたものをメスがわりにして、作業します。Anne Vaahtokari は、実に器用にこのメスを左右の手に1本ずつ持ち、ナイフとフォークで肉を切り分けるようにして余計な組織を切りのぞいてゆき、あっと言う間 に E13 の歯胚を取り出して見せてくれました。グレードは柴口先生クオリティの歯胚で見事でした。この道具の発案者、Anja Tuomi (最古株の技官) に訊ねた所、「いろいろ探した結果、ジンタンの針が断然よかった。切れがよくて値段も高くない。品質もそろっていた。」とのこと。テルモの旧名、仁丹がで たのはちょっと驚きでした。

自分もそれで、連日、この新しい道具でいろんな時期、いろんな組織を切り出していますが、なかなかうまくゆきません。箸をつかう民族とナイ フ・フォークを使う民族の差かもしれませんが、何とか克服しようと思っています。ちなみに針は、テルモの 21Gx1 1/2 (緑)をよく使うようです。

1-3 リボザイムでアメロジェニンをKO?

先日、Irma を訪ねてきた Petter Lyngstadaas はアメロジェニンに対する Ribozyme をマウスの頬に注射して、アメロジェニンを KO したという内容のことを言っておりました。本当でしょうか? アメロジェニンはマルチジーンですし、Vivo で利くなんて、ちょっと信じられない気持ちです。直に話ができなかったのが残念でしたが、また、何か情報があれば連絡します。


1-4 同室のメンバーなど

研究室では机をもらいました。同室の固定メンバーは、Anne Vaahtokari, Johanna Pispa, Hyun-Jung Kim の3人です。このほか、Carin Sahlberg, David Rice が時々誰かの机にすわります。みな、英語が上手で親切でしかも研究もばっちりやっています。電話をくれたらこのうちの誰か、または自分がでます。緊急の場 合はどうぞ。朝9時から夕方6時頃まで(JPN; 昼すぎ4時から深夜13時)は、研究室にいると思います。


Anne は、paper が多いので、もっと年輩の人だと思っていましたが、20代後半のとびきりの美人です。今年学位をとったばかりで、来年1月には Moving が決まっているといっていました。Post Doc かな? 今は、Ptc, Msx1, shh などをやっているようです。

Johanna は眼鏡をかけた知的な人です。彼女の英語が多分一番上手です。旦那が Irish (アイルランド人)だということですから、さもあらんというところです。Tabby のクローニングがほぼ終わり、in situ のデータを集め始めているところです。私のよき世話役兼講師です。

Hyun-Jung は Korean で、ときどき日本人と錯覚してしまいます。敬けんなクリスチャンでもあり、食事の時には必ず祈りの言葉を捧げてから食をとります。漢字では 金/火玄/廷 (ふた文字目は日本にない漢字で火へんに玄という文字)と書き、慶北大学歯学部小児歯科の助教授(日本の助手にあたる。慶北大学のシステ ムは、教授−副教授−助教授とのことです)だということです。「阪大と友好大学です」「帰国してからもお互い会うチャンスがあるかもしれ ないねえ」などと話が始まり、栗栖先生が近いうちに訪ねることになっているよと話すと喜んでくれました。彼女は今の所、当研究所唯一の韓 国人です。以前、2解剖に来ていた、電顕の上手な”べい”さん(すみません。漢字がわかりません)と同級生だったとのことです。

1-5 滋賀医大の先生

日本人は私ともう一人、滋賀医大からの今井晋二先生という方がいます。彼は、HB-GAM 研究で名高い Heikki Rauvala のもとで免疫電顕を使って仕事をしているようです。とても親切にしてくれています。他にもアジア人が多数いますが、その多くが中国人です。ちょっと驚いて いるところです。

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