© 2000-2024, Kyu-hachi TABATA Last updated 2022/01/10

「展覧会の絵」のモチーフ
The motif of "Pictures at an exhibition"


【第 1プロムナード】

ムソルグスキー本人が展覧会を歩き回る様子。5拍子と6拍子が繰り返されるロシア民謡風の旋律。

ラヴェル版ではトランペット・ソロで歌い出され、後に3本 のトランペットが主旋律をとる。一般に明るく力強く演奏され、オープニングを飾るファンファーレとしての性格が強い。し かし、これはラヴェル独自の華やか な好みによるものであり、本来ならば、死んだ友を思い出しながら歩くムソルグスキーの心情を考え、少し沈んだ表情で演奏 する方がよ いようにも思う。


/ 展覧会の絵 /
      Pictures at an exhibition【こびと】
 

グノーム(土の精)は足が曲がっていて、その足をひきずるように動き回る妖怪のような妖精。きわめて早くちょこまかと滑 稽に動きまわる。ハルトマンの絵) では子供のような愛嬌のある絵になっているが、おもちゃのスケッチであるらしい。ロシアの子供達みんなが好きな妖精だと いう。

ラヴェル版では木管と弦による旋律が前半で、これに各種の打楽器が加わり、後半は木管の分厚い旋律に置 き換わる。妖怪のようなおどろおどろしさを強調するような演奏もあるが、むしろ軽やかに滑稽に演奏する手もある。



【第 2プロムナード】

ホルンと木管が対話風に歌う。牧歌的。穏やかでやさしく歌われる。友との楽しい会話などを思いだし、少し、気持ちが晴れ やかになり、次の絵へと移動する。


/ 展覧会の絵 / Pictures at an exhibition【古城】

中世の古城の下で吟遊詩人が歌う様子。ラヴェル版では、アルトサックスとオーボエが巧みに主旋律をとる。 ファゴットもうまく入る。ファゴット がこれほどき れいな音を出すとは。アルトサックスのソリストらがよくとりあげるコンサートナンバーでシチリアーノ風の音楽だ。テンポ を遅くとるケースもしばしばある が、むしろやや早めにした方 がよいかもしれない。

古城といっても廃墟なのではなく、むしろ人々が散策する公園のようなところ。というのも、吟遊詩人が歌うのは、そこに 人々が集まり、 お金を投げ入れてくれるような場所だから。そこは静かではあっても、陰気なところではない。軽やかにのびのびと歌いた い。



【第 3プロムナード】

開曲と同じくトランペット・ソロで始まるが、トランペットとトロンボーンで主旋律をとる。重々しく力強い。ムソルグス キーの気持ちが和み、力を取り戻した 感じで次の絵に向かう。


/ 展覧会の絵 / Pictures at an exhibition【チュイルリー の庭】 
 
パリのルーブル美術館の横にあるチュイルリー公園の様子。「遊び疲れた子供たちのけんか」というメモ書きがスコアにある らしい。ラヴェル版ではめまぐるし い主題が木管ではじまり、途中からヴァイオリンの奏でるやさしい旋律に受け継がれ、やがてまた主題が再現される。

右から左から人々が行き交い、子供達が走 り回り、言い合いや笑い声がさんざめく活気のある街の様子。
 


/ 展覧会の絵 / Pictures at an exhibition【ビドロ】

ポーランドの牛車と解釈されてきたが、最近は圧政に苦しむポーランドの貧農の反乱の様子という解釈が浸透している。團さ んとNHK取材班は、上記のような デッサン画を原画とした。教会の前に人々が集まり、これから何かをしようとしている様子、それとも一息ついているところ か。処刑のシーンという解釈もあっ た。

ラヴェル版では牛車という解釈 で編曲されており、引きずるような鈍重なリズムに始まる。続いてバス・テューバのソロで土俗的な旋律。クライマックスで は弦と木管の最強奏で表現される。

原画に忠実に演奏するなら、テンポは民衆が力強く歩く様子を再現したい。仲間が倒れても歩き続ける、軍に 包囲されても歩き 続ける、足音に混じって、人々の 歌が聞こえる、そういう演奏が聴きたい。


【第 4プロムナード】

フルートを主にした木管群によって寂しげに演奏され、やがて低弦にひきつがれる。寂しく暗い表情。ハルトマンのことを思 い出すうちに、急に寂しくなる。


/ 展覧会の絵 / Pictures at an exhibition【卵の殻をつけ たひなどりの踊り】

バレエ「トリルビ」のために描かれた衣装デザインがモチーフ。ひなどりの鳴き声とせわしない動きが、木管のスタッカート とヴァイオリンのピチカートでユー モラスに描かれる。高音トリルでテンポを落としたりする演奏もありおもしろい。

デザイン画どおりの衣装を着ると多分、動きが制限され、単純で時計仕掛けのような動きになるはず。小さく 手を挙げたり、足 を曲げたり、首を振ったり、く るっと回転したり。それらを演奏でコミカルに 表現して欲しい。


/ 展覧会の絵 / Pictures at an exhibition【サミュエル・ ゴールドベルグとシュミイ レ】 

曲としてはひとつだが、実際は2枚の絵からなる。金持ちのユダヤ人の肖像画(左)と貧しいユダヤ人の絵だ(右)。このうち、後者はハルト マンから ムソルグスキーに贈られた絵であっ たという。

Schmyle木 管と弦のユニゾンで威圧的に演奏される旋律は、金持ちのサミュエル・ゴールドベルグ。弱音器つきトランペットでおど おどした感じに表 現されるのが貧しいシュミイレ。やがて 低音のゴールドベルグがシュミイレを圧倒する。二人の会話はもしかしたら、ハルトマンとムソルグスキーの会話でもあった かもしれない。話題によっては、ど ちら かが相手をやりこめる、でも他の話題の時はその反対といった感じだ。

ムソルグスキーは裕福な貴族の家に生まれたが、農奴解放によって資産を無くした。しかし、それでも、彼は民衆の側に 立って音楽を作り、 音楽を与 える活動を続けた。この曲のモチーフになったハルトマンの絵は裕福な貴族と革命のために没落した姿を描いたものという説 もある。裕 福だった頃のムソルグスキーと貧しく苦しい日々を過ごすようになった現在のムソルグスキーの葛藤の会話かもしれない。


【第 5プロムナード】

最初のテンポにもどる。それもそのはず、最後の5小節を除けば、第1プロムナードと全く同じ。そのためか、リムスキー= コルサコフ版やラヴェル版ではここ が省かれている。しかし、マラソンの折り返し点にあたり、構成上、大事な部分である。ムソルグスキーはここ からハルトマンとの邂逅から融和へと向かう。


/ 展覧会の絵 / Pictures at an exhibition【リモージュの 市場】
 
リモージュはフランス中部の街。街の広場で言い争いをしている女たち。こきざみな16分音符が続く。楽器もさまざまに置 き換えられる。アタッカで次曲へ移 る。

1枚の絵とするとハルトマンの絵には相当するものはないらしい。しかし、市井の人々のスケッチがたくさん残されてお り、これを団先生とNHK取材班は 原画とした。あたかも市場のようなところで撮影されたスナップ写真のような感じで、喧噪のような曲にもよく合う。


/ 展覧会の絵 / Pictures at an exhibition【カタコンプ】

古代ローマ時代のキリスト教徒たちの墓地。禁教となっていたため、表だって埋葬できず、地下に作られた遺体置き場。絵の 中の人物は友人ケネスとハルトマン らしい。絵の右側にはしゃれこうべの積み上げられた壁。

和音の連 続で不気味な雰囲気。この和音はラヴェル版では金管を中心に木管とコントラバスで作られる。轟音のように鳴り響く金管の 重厚な強奏により、凄惨な死者たち の姿や迫害の様 子が浮かび上がる。



【死 者の言葉で死者とともに】

ソロ・トランペットが鎮魂の思いを込めて吹奏する。トレモロはヴァイオリンとヴィオラ。そして、プロムナードのバリエー ションが木管と低音の弦にひきつが れる。

第6プロムナードともいえる聞き慣れた旋律ではあるが、役割がこれまでのプロムナードとは明らかに違う。なぜなら、こ こまで個々の絵の 旋律と一線を 画していたはずのプロムナードが、消え入るように演奏され、カタコンプという絵の中に組み込まれて、あたかも絵の一部に なっていしまっている。つまりはム ソルグスキー自身の心情がハルトマンの残した絵と一体化する様な感じを表現しているように思える。まさに友を失ったムソ ルグスキーの嗚咽と慟哭を聴く一瞬 である。


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      展覧会の絵 / Pictures at an exhibition【バーバ・ヤーガの 小屋】
 
メンドリの足をもった奇妙な小屋に住んでいる魔女、バーバ・ヤーガ。その小屋をイメージした奇妙な置き時計のデザイン画 がモチーフ。単色のものと彩色のものの2種がある。Clock

精緻な絵ではあるが、 正直なところ、この絵からは恐ろしい魔女のイメージは湧かない。曲の持つものすごい迫力の魔女のイメージと、この絵では あまりにバランスがとれない。やは り、ロシアの民衆の中に語り継がれる伝奇がベースとしてあるのだろう。

ラヴェル版ではたたきつけるような鋭い動機が木管と弦と打楽器で始まり、やがて金管 楽器なども加えて激しく盛り上がる。中間部でトレモロがフルート、クラリネット、弦へと引き継がれていく。展開はファ ゴットとコントラバスによる。アタッ カでフィナーレへ移る。 打楽器炸裂、割れるトランペット、この曲はロシア風の演奏がやはり合うように思う。

最近気づいたのだが、前半の部分は時計のカチコチという音のモチーフが内包されているのではないだろうか。


/ 展覧会の絵 /Pictures at an exhibition【キエフの大 門】

キエフは現在のウクライナの首都。このキエフの入り口にたてる凱旋門の公募に応募した作品とも、かってあった大門の復元 図とも言われている。聖歌ふうの旋 律や、カリヨン(鐘)の音を模した動機がちりばめられていて、厳か で威風堂々とした主旋律をひきたてる。

和音による主題が鳴り響き、突然、それが静かなコラール(クラリネットとファゴッ ト)に置き換わる。プロムナードの バリエーションがトランペットで歌われて、壮大なフィナーレを迎える。「死者の言葉で」で絵と一体となったムソルグス キーの精神が大きく昇華していくかの ような大団円である。

2回挿入されるコラールは美しく、あたかもお迎えの声の様だ。1度目のコラールよりも2度目の方がやや足早に演奏さ れ、「さぁ、もう待 てない。天国に行く時間だ」といわんばかり。ハルトマンの魂が昇天するのをムソルグスキーが万感の思いで見送る様で、大 事な聴かせどころだと思う。

なお、ムソルグスキーの作品にはしばしばカリヨンがモチーフとして使われるが、このキエフの大門ほど雄大で迫力のある ものはない。絵 にあるとおり、3つのカリヨンが高いところから鳴り響き、街中に鳴り渡るのだ。


■ハルトマンの絵は、團伊 玖磨+NHK取材班著 「追跡・ムソルグスキー”展覧会の絵”」 NHK出版を参考にしました。原画を縮小す るにあたり、 部分を用いたり、色調などを変えました。より鮮明な絵を見たいときは、原本をご覧ください。
■各曲の構成や特徴は、多くのCDのライナーノートと「最新名曲解説全集16:独奏曲III」 音楽之友社 1982年 を参考にしました。各種楽器の使われ方は、ラヴェル編でのものです。
■ラヴェル編「展覧会の絵」はさまざまな楽器を利用するちょっとお金のかかる曲なんだそうです。横浜の港北区民響のHPには 「『展覧会の絵』に登場した特殊楽器たち」 という面白い紹介ページがあります。


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