© 1996-1997, Kyu-hachi TABATA
ヘルシンキだより #16 1997-
8-10 記
夏ももう終わりかと思いこんでいたのに、まだまだ夏が続きます。朝、起きると朝日のあたる部屋の外壁温度は
34度という日もあります。日中26〜30度、夜20度ぐらいで、晴れの日が続きます。例年なら7・8月の気温は平均17度ぐらいですか
ら、異例の暑さが続いています。こんなすばらしい夏は10年に1度だとか、生まれて初めてだとか、皆、口々にします。ただ、フィンランド
人には暑すぎる、第一、夜眠れないので寝不足だ、とぼやいている人もいます。こちらの住居は寒い冬用にできているので、クーラーなどは普
通ありませんし、窓もあまり開けられなかったり、風通しが悪かったりします。このため、家を出て外で涼んでいる人が大勢います。
8月に入り、時々、雨がざっと降るようになり、枯れかけていた草木が生き返りました。黄葉しはじめた白樺も
緑に戻り、夏が続いています。
16-1 野外で夕食(7月14日)
おにぎりを持って近くの森へ行き、「マルミ(=地名)の見える丘」へ。この丘は見晴らしがよく気持ちがよい
のです。ハヤトも一緒です。彼は3月から単身で来ていましたが、もうすぐ家族が来フィン。このため、広い部屋や子供の幼稚園を探し、車を
長期レンタルし、Maakaari
にあるユニホステル(研究所の外国人専用アパート)の1室に引っ越しし、家族を迎える準備が終わったところ。軽くビールを飲みながら歓談
しました。
この森は本当によいところで、よく散策します。中でもいくつかの場所はお気に入りで、「カエルの森」「マル
ミの見える丘」などと勝手に命名して呼んでいます。こちらの人もよく散歩していますし、森に限らず、外で食べたり、飲んだり、昼寝をした
りというのをよくみかけます。ユニカフェ(研究所のレストラン)でも外のテーブルが人気。こちらでは誰でも、夏は出来るかぎり外で過ごし
ます。
16-2 トゥルク訪問(7月25日〜27日)
仕事
の方は一進一退ですが、in
situ
を覚えて少し見通しが立って来ました。イルマは7月はまるまる休みですし、みんなも2週間程度の休みをとり、ラボが閑散としています。天気のよい日も続い
ているので、私も休みをとり、フィンランドの古都トゥルクへ2泊3日の旅をすることにしました。この街はスウェーデン国境に近く、かって
スウェーデン統治時代のフィンランドの首都でした。このため、歴史ある建物や遺跡を楽しめるだけでなく、スウェーデンの持つ華やかさを感
じる事ができる旅となりました。
ヘルシンキからは西へVR(国鉄)の急行 S220
で片道2時間。ホテルは人に薦められるまま、トゥルク駅近くの
Park Hotel
に宿泊しました。部屋、環境、朝食、サービスなどすべてに満足できるホテルでした。さもあらん、5ツ星ホテル。夏は宿泊料が半額近くなのでできる贅沢で
す。庭には他の国の旗とともに日本の旗をたててくれました。
25日:
ガイド付きの観光バスで市内観光。面白かったのは Aboa Vetus & Ars Nova
博物館。12〜14世紀の街並の発掘場所をそのまま地階にして遺跡博物館(=Aboa
Vetus)とし、上階は現代美術館(=Ars
Nova)という複合博物館です。ローマなどヨーロッパの古い街と同様、このあたりはちょっと地面を掘るといくらでも旧市街が出てくるということでした。
このあと訊ねた大聖堂はすばらしい建築とステンドグラス、トゥルク城も中世のヨーロッパの雰囲気で、ヘルシンキにはない古い文化の連続で
した。
この日の夕食は、ハンザというショッピングモールの中にあった中華料理店で。久し振りにおいしい中華でし
た。
26日:
朝、雨が降っていましたが、「フィンランドでは長雨はない」という経験則(+在フィンの知人の言葉)を信じて、バスに乗り、30分ほど揺
られてナーンタリへ。この町には夏の間だけオープンするムーミンワールドがあります。カイロン島がその中心で、長い橋を渡るともうムーミ
ンの世界。綾子にとっても私達にとっても楽しみにしていた一瞬でした。
偶然
にも、日程が重なった安奈ちゃん一家と合流して、まずはエンマ劇場で「飛行おに」の手品ショー。そして、ムーミンハウスの庭で軽い昼食。
この頃にはもう空は気持ちよく晴れ上がり、朝の雨を忘れさせてくれました。また、食事の間に「スノークのお嬢さん」や「スナフキン」が出
てきてくれて、子供達を喜ばせました。このあと、「ヘムレンさんの家」、「ムーミンパパの船」、「スニフの夏の家」などを見て、ヴァスキ
島(=冒険島)へ。この島では、小動物に触ったり、ポニーに乗って遊んだりできました。また、伝統村という村落があり、葦笛や竹馬を体験
したり、夏至祭の飾りやサウナ小屋などを見る事ができました。
日本のテーマパークなどと比べるとあっけないほど簡素で
したが、フィンランドらしくていいと思いました。子供達には充分楽しい一日となりましたし、私達もムーミンの世界を思い出す事ができまし
た。日本ではムーミンというとメルヘンっぽく扱われがちですが、本当はもっと活発なイメージです。ですから、こちらでの人気者は「ちびの
ミイ」や「飛行おに」ですし、イメージソングも踊りたくなるような快活なメロディーです。帰宅してから「たのしいムーミン一家」と「ムー
ミン谷の冬」を久し振りに読み返し、子供の頃とはちがう楽しさも見つけ嬉しく思いました。
27
日:
再び市内観光。Museum Line というバスの1日券(20 Mk = 500
Yen)を買うと市内バス乗り放題でほとんどの博物館入場料が半額になるという特典があります。そこで、これを使ってまずアウラ川河口付近まで移動し、そ
れから川ぞいに西から東へ歩いてゆきました。3本マストの帆船シーギュン号、ハーモニア(クジラの尾のようなモニュメント)、渡船のよう
な小さなフェリー、機雷敷設船、帆船スオメン・ヨウッセン号などを順に見ていきました。実はこの日も朝は雨でしたが、どんどん天気がよく
なり、遅めの昼食を船上ビヤガーデンでとった頃には、汗ばむ陽気。ビールを飲むにも、川べりを歩くのにも最適な天気となりました。また、
ここ数日の雨(実に1ヶ月半ぶりぐらい)のおかげか、道端や芝生にキノコが生えており、綾子を喜ばせました。このあと手工芸博物館を見て
観光を終えました。
16-3 西澤さんの「タンペレ通信」
ヘルシンキの北約
140kmにあるフィンランド第2の都市タンペレ。ここのタンペレ工科大学に5月から留学されている西澤一(にしざわひとし)さんのホームページをハヤト
に教えてもらいました。文章は詳細で面白く、画像も豊富、共感することしばしです。URL
は次のとおり。
16-4 小野島さんの「NON-official
page of Finland」
「タンペレ通信」が面白かったので、インターネットの INFOSEEK
などで「FINLAND」をキーワードにして検索すると、たくさんの関連サイトがあることがわかりました。中でも、エスポー(ヘルシンキ
の衛星都市)にある
VTT building technology
に留学されていた小野島一(おのじまはじめ)さんのホームページをよく見るようになりました。さまざまなリンクやニュース、フィンランド生活のノウハウが
紹介されているからです。URL
は次のとおり。
16-5 「ピヒラヤ・サイト」開設(8月1日)
高校時代の先輩が、今年1月に生物部OB会のホームページ(イ
ンターネット版「マリンスノー」)を開設し、私の「ヘルシンキだより」を紹介してくださる様になりました。しかし、文章量が
多くなってきたため、HTML化の手間がかかること、エリアを食うことなどから、私自身のホームページを開く時期が来ていると感じており
ました。そこで、ホームページ開設をこの夏の課題とし、「マリンスノー」と「タンペレ通信」をお手本にして、少しずつ「ヘルシンキだよ
り」の
HTML化を始めました。
そんな矢先に、GeoCities というアメリカのサイトを見つけました。なんと、ただで
2MB
のエリアをくれるのです。セルフが原則ですが、ヘルプ情報が充実しています。空き領域も見つける事ができたので、すぐに登録し、ついにホームページを開設
しました。
Name: ピヒラヤ・サイト
(休八ホームページ)
URL: http://www.geocities.com/CollegePark/Union/9839
ピヒラヤとはフィンランド語で「ナナカマド」のことで、今住んで
いる地域名にちなむ命名です。休八というのは、曾祖父の名前からとった私のハンドルネーム(パソコン通信での名前)です。内容は、1.
誤記修正、2. 若干の項目削除、3. 追記、4. 画像追加、などの手を加えた「ヘルシンキだより」がメインです。
16-6 ベリー摘み(8月3日)
フィンランドの秋の楽しみ。それはベリー(野生イチゴ)
とキノコです。そこで綾子と近くの森へ行ってみました。キノコはみつけられませんでしたが、ベリー摘みができました。ラズベリー(キイチ
ゴ)
Raspberry / Vadelma
がいくらでもあるのです。日当たりの良いところの実は大きくて甘いので、そういうところだけのを集めるという贅沢ができました。集めたラズベリーは甘いい
い香りがしました。綾子もよく口にしました。
この他、キイチゴの一種(和名不明) Stone bramble / Lillukka
や、ブルーベリー Blueberry / Mustikka、ヤマスグリ Mountain Currant /
Taikinamarja
が採れました。ブルーベリーは、くせが無く、食べた後もさわやかなよい味でした。
街では、ストロベリーとラズベリー、そして Muurrain / Cloudberry
というオレンジ色の野生イチゴがよく売られています。売り物のラズベリーはさすがに大きくて立派です。
16-7 サヴォンリンナ小旅行(8月8日〜10日)
ヘルシンキの東北東へ約200km行くと湖沼がひときわ多い地方=湖水地方があります。この湖水地方こそ、
もっともフィンランドらしい風景をもつ地方であり、ロシアと接する地方でもあります。また、「フィンランドは夏こそすばらしい、夏のフィ
ンランドを見なくちゃもったいないよ」という人の言葉もあり、ここを訪ねる事にしました。
そこで、サヴォンリンナという古い街をベースに2泊3日
することにし、前日に予約をとったところ、飛行機は70%ディスカウント、宿泊は、希望していたラウハリンナ
Rauhalinna(=平和の城)にとることができました。上々のスタートです。このラウハリンナは、帝政ロシアの将軍
Nils Weckman の元別荘で、夏の間だけ(8月10日まで)5
室が宿泊用となります。サヴォンリンナの中心地(サヴォンリンナ港)から離れているのが難点でしたが、宿泊の間、すばらしい景色と食事を楽しむ事ができま
した。
8
日:
昼過ぎの便で、サヴォンリンナ空港に到着。ホテルに荷を置いてすぐ、フィンランド3古城のひとつオラヴィンリンナ(オラヴィ城)へ。3つ
の塔を持ち、水上にそびえる対ロシア要塞です。スウェーデン国境に近いトゥルク城(同じく3古城)と比べ、居住性が貧弱であったのが印象
的でした。中は複雑に入り組んでおり、6ヵ国語別のガイドさんについて廻りました。面白かったのはベル・タワーの1室にあったトイレ跡。
ふたをとるとずっと真下に湖面が見えたそうで(潤子と綾子談)、ガイドさんによると「フィンランド最古の水洗便所」との説明でした。
ラウハリンナにもどって夕食をとりましたが、すばらしい部屋でおいしい食事をすることができました。特に、
黒パンのおいしさと魚のおいしさは格別。また給仕もよく、高級な料理をくつろいで楽しむ贅沢を味わいました。食後は外を散策。大きなラズ
ベリーやキノコをあちらこちらで見つける事が出来ました。船着き場近くではキバナスイレン
Isoulpukka / Yellow water lily の群生やモノアラガイ Piippolimakotilo /
Limnaea を見る事もできました。
9日:
午前11時サヴォンリンナ港出発の遊覧船で約2時間、右に左にすばらしい景色を見ながら、プンカハリューのレトレッティ美術館
Retretti art center
へ。フィンランドで最大面積をもつ現代美術館です。建物はこじんまりとしているのですが、実は広大な地下洞窟を利用しており、水の流れと岩壁を背景に、現
代彫刻が淡い照明で浮かび上がります。マチス展、象のババール展なども見てから、VR(鉄道)でもどりました。日本の美術館と比べても展
示が少なめでしたが、雰囲気はここでないと味わえないいいものがありました。
サヴォンリンナ港でひと息ついていると水上飛行機(フ
ロート付き軽飛行機)が見えました。近くまで行くと
Taxi flight の文字。そこで、600 Mk (\13300)
払って、遊覧飛行を楽しみました。映画や本でイメージしていたとおり、水上飛行機は水上でも空中でも軽快で快適でした。オラヴィ城やラウハリンナの上空を
飛んだあと、ラウハリンナの船着き場に着水してもらい遊覧飛行終了。この日は、船、鉄道、飛行機で湖水地方を堪能しました。
ラウハリンナに戻ると、盛大な結婚パーティが行われていました。そのため、夕食は展望台横の個室でとること
になり、これはこれでいい雰囲気でした。また、夜遅くまで、バンドの生演奏を楽しむことができました。
10日:
チェックアウトして、タクシーでレトレッティ再訪。貸し自転車を3時間借りて、プンカハリュー・リッジ(長さ7kmの砂洲。幅は最少8m。フィンランド版
「天の橋立て」)を渡りました。リッジまでは起伏があり楽ではありませんでしたが、すばらしい景色の連続でした。また、フィヨルドを思わ
せる切り立った地形が多く、氷河の侵食で湖沼が作られたことが理解できました。リッジを渡り終えたところには砂浜があり、湖水浴を楽しみ
ました。水の透明度は高く、キバナスイレンもあちこちに群生しておりました。
レトレッティ近くまで戻ったところで森林博物館 Lusto, the
finnish forest museum
に寄りました。フィンランドの「木の文化」というと、家具、住居、パルプ工業、そしてさまざまな芸術作品ですが、これらをうまく展示してありました。た
だ、あまり時間がなかったことと、カメラのフィルムをきらしてしまっており、少し悔いが残りました。