© 2012, Tatsuyuki KAMIRYO
ネアンデルタール人を推理する
7.氷期とホモ・エレクトス
前の項では、ハイデルベルゲンシスの小集団がなん回にも分かれてアフリカを出て行った、と書きました。専門の学者たちはこの点に触れていませ ん。証拠かないからです。イタリアやスペインで発見された約八十万年前の人類化石については、二百万年から百七十万年前に「第一次出アフリカ」を したエレクトスの子孫だ、とほのめかしているだけです。無謀にも素人の僕があんな空想を書いた理由は三つあります。一つ目は、六十万年から四十万 年前までの期間のヨーロッパには、ドナウ氷期(一説によれば60〜54万年前)という長い酷寒の時期があったことです。二つ目は人類の脳の容積 が、百万年以上続いたエレクトスのレベル(せいぜい1リットル)からハイデルベルゲンシスの段階になって、一挙に〇・二リットル以上も増えている ことです。そして三つ目は、その頃の人口を考えると、ヨーロッパよりアフリカの方が圧倒的に多かったことです。変異(遺伝子の変化)は、集団の人 数が多いほど生まれやすいはずです。
この三つ目に関して斎藤成也(なるや)さんは、石川統ら編『ヒトの進化』の「遺伝子からみたヒトの進化」の中で、「このような個体数の不均衡を 受け入れれば、エレクトス段階でもサピエンス段階でも、常にアフリカからヒトの新しい流れが生じたことがうなずけるだろう」と、書いておられま す。僕はこれを見て、新しい変異を抱えたハイデルベルゲンシスの小集団もアフリカから流れ出た、と空想したのです。そもそも理由の一つ目と二つ目 を考え合わせると、長い氷期に見舞われたヨーロッパでアフリカ出身のエレクトスが、ハイデルベルゲンシス(さらにはネアンデルタール人)へ変わっ ていけるほど長い期間、生き延びることはなかっただろうと思うのです。脳が小さく、だからたぶん適応力が低くて、しかも人数が少ないとなれば、こ れは仕方ないでしょう。
一方アフリカに留まっていたハイデルベルゲンシスにとって、ギュンツ氷期(ドナウ氷期で書いた説に準ずれば47〜33万年前)や、次に来たミン デル氷期(同30〜23万年前)もそれほど深刻ではなかったでしょう。大切なことはヨーロッパ大陸でエレクトス系の原人からハイデルベルゲンシス が派生したのではない、ということです。この原人はアフリカで生まれたんです。しかも脳がエレクトスより〇・二リットル以上も大きくなっているか ら、当然「出アフリカ」が必要になった。その中のヨーロッパ大陸に住みついた集団の中から、ネアンデルタール人が分岐していって、先祖筋に当たる ハイデルベルゲンシスと代替わりをした、置き換わっていった、と考えるのが自然です。
氷期の期間について妙な注釈をつけたので、ちょっと寄り道いたします。実は欧州の氷期について、手に入れた四つの情報が、それぞれ違う年代を示 していたので困りました。氷期の名前も、北欧、英国、北米、南米、などを基準にしたいくつもの系統があります。上で書いたのは、日本でよく聞くア ルプス基準の名前です。ここでそれを使った理由は、中央ヨーロッパを分布の中心にする、ネアンデルタール人がテーマだからですよ。ハイデルベルゲ ンシスより前に西ユーラシアにいた人類の名前も、学者によって違っています。ここでは「出アフリカ」の項で触れたように、ジャワ原人や北京原人と してご存知の「エレクトス」を主に使います。人によってはホモ・エレクトスを、「第一次出アフリカ」した原人のうちの、東アジアへ進出して多様化 (進化)した原人に限定しています。その場合には、アフリカに残ったこのタイプの原人を「モーリタニクス(
H. mauritanicus
)」、ヨーロッパへ行ったグル−プは「アンテセソール」、西アジアに留まった一派なら「ジョルジクス(
H. georgicus
)」と、それぞれ別なホモ属の原人として分類します。
ギュンツ氷期を最も古くいう説では、それを八十万年前から四十二万年前と定義しています。西アジアのエレクトスをホモ・ジョルジクスと分類する ことは、専門書に近い『ヒトの進化』を読んではじめて知りました。もともと定義とか分類とかいうモノは、増えてきた情報をある時点で整理して、理 解しやすくするための手段なのです。当然そういう定義や分類を提案するのは、ある時代に生きた個人や集団だから、どうしたってそれはその時代の ムードとご本人(たち)の好みに影響されています。
そんな具合ですから定義とか分類とかは、「それが今の主流」という程度に受け止めればよろしい。試験の答案を書くとき以外、いつ変わるかわから ない定義や分類を金科玉条とする必要はありません。どなたかが、「国際キログラム原器を基準にする一キログラムの定義なんかは、絶対に変わらない だろう」と、反論なさるかもしれませんね。でも変わるんですよ。聞いてもチンプンカンプンながら、「プランク定数の数値を6.62606xかける 10のマイナス34乗に固定する質量」と、再定義される見通しです。七桁目の数字(x)は、国際会議でまだ合意に至っていないそうです。
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