© 2012, Tatsuyuki KAMIRYO
ネアンデルタール人を推理する
16.ネアンデルタール人とハダカ
十六万年前のエチオピア高原の北東部には、確実に初期タイプのホモ・サピエンスがいたのでした。その南西部には、おそらく十九万年前からいたら しい。それらの骨がホモ・サピエンスという種の最初の個体のものという偶然はないとすれば、この種が現れた時期は、遅くとも二十万年前だといって もいいでしょう。この時期のアフリカ大陸にどんな人類がいたかというと、東の高地ではサピエンスが増えてきているとして、それ以外の低い土地に は、アフリカに残っているハイデルベルゲンシスがいたはずです。彼らの仲間はこの時期、すでにヨーロッパにも進出していていました。ミンデル氷期 のあとから西ユーラシア大陸に渡ったグループの中から、いっそう大脳を発達させたネアンデルタール人が現れて、ユーラシアでその比率を増やしてい たんではないかと、僕は思っています。
西ユーラシア大陸でネアンデルターレンシスの先祖になったハイデルベルゲンシスが、東アフリカの高地でサピエンスの先祖になったハイデルベルゲ ンシスと、いつ袂を分かったのか、それは正確にはわかりません。中央アフリカの低地にはサピエンスの先祖にならなかったハイデルベルゲンシスも存 在していました。とにかくこれらが互いに異なる経験を積んでいたことは確かです。種のレベルでは同じ生物と考えられても、その時間に相当する別々 の変異を蓄積していた、ということであります。そこでサイエンスの先祖になったグループを、ホモ・ヘルミアイ(
H. helmei
)とよぶ学者もいます。
脳の大きさについても述べておきましょう。絶対量でいえば、ネアンデルタール人の脳が一番大きいんです(平均1.52リットル)。現代人(同 1.40リットル)よりも大きい。もちろん体重を無視して脳の大きさだけを比べたりすれば、身長一メートルくらいのホモ・フローレシエンシス(同 0.40リットル)から文句が出るでしょう。知性の指標として信用できそうなのは、脳のコントロール・センターといわれる、頭の前のほうにある前 頭葉の発達しぐあいです。澤口俊之さんは、さまざまな動物の体重に対する前頭葉の体積をグラフにして、その直線から実際の前頭葉の体積がどのくら い外れているかを調べました。その結果、ネアンデルタール人では、直線から上への外れ方が、現代人の外れ方よりも四割がた少なかったと、『ネアン デルタール人の正体』(「出アフリカ」の項)の「脳の違いが意味すること」の中で述べておいでです。なお、ホモ・エレクトスではやっと直線から上 に出る程度で、チンパンジーは線から下へ外れるそうです。
さて、「
ハダカになった人類
」の項では、ミトコンドリアDNAの比較から「運のいいお婆さ ん」がいた時代(29〜14万年前)、言い換えると初 期のサピエンスであるヘルト人やキビシュ人の時代から、ヒトの先祖はハダカだっただろうと申しました。それから「石刃、首飾り、顔料」の項では、 「サルと現生人のあいだに、何体かの人類を並べて、一段階ごとにそれらの姿勢をよくして背丈を伸ばし、毛むくじゃらの体毛を徐々に減らしてハダカ のヒトへと導く、それを胡散臭いと思っていた」、とも書きました。人類が体毛を減らす過程は、ウマの先祖が指の数を減らしていって、中指だけの今 の蹄になった過程とは、まったく違うからです。ウマはおよそ四千万年の歳月をかけて、その結果として速く走れる四肢を手に入れたんです。一方の人 類は、身を護ってくれる家をただ失っただけです。四千万年に比べれば、たぶん、アッという間に、だったでしょう。
ハイデルベルゲンシスよりも脳の小さいエレクトスは、毛むくじゃらのケモノと思ってよろしい。彼らの時代には、まだ前期(下部)旧石器しか使わ れていないから、毛皮という家なしには生きていけなかったと、島さんの本を読んでしまった僕は確信しています。これを前提にして、いよいよ目的 の、ネアンデルタール人はケモノかハダカか、という難題を推理してみましょう。可能性は、次の三つに絞られます。(一)、彼らはついにケモノのま まだった。(二)、サピエンスとは別個に彼らもハダカになっていた。(三)、彼らとサピエンスの共通の先祖であるハイデルベルゲンシスがハダカ だったから、彼らもハダカだった。これが早押しクイズなら(一)にしますけれど、クイズではないから、ケモノだったという理屈を考えないといけま せん。
消去法でまず消えるのは、(二)でしょう。ウォレスが最初に見抜いてダーウィンもそれを認めたと島さんが強調されているように、人類のハダカ化 を自然選択で説明することは困難です。超大型でも水中生活者でもない哺乳動物にとって、ハダカ化には生存に有利な点がなにも見つけられないからで す。現生のハダカの動物は四目(もく)に散らばる五種しかいない、一科に一種の珍品でした。鯨偶蹄目のバビルーサはイノシシ科で、コビトカバはカ バ科と、とにかく科のレベルでは違っています。ネアンデルターレンシスとサピエンスとが、ユーラシアと東アフリカで別個にハダカになったとする と、同科でかつ同属のしかも兄弟種が生存に不利な「ハダカ化」をして、共に二十万年前後は生存し続けたという大珍事になります。ウルム氷期 (7〜1.5万年前)の前半分をハダカで生き抜いたという難関も考えれば、(二)は早く捨てて、(三)を検討したほうがよさそうです。
(三)は、ネアンデルターレンシスとサピエンスの共通の先祖であるハイデルベルゲンシスの時代からハダカだった、という可能性です。ネアンデル ターレンシスとサピエンスとの遺伝子からみた分岐の時期は、六十万年から四十万年前と見積もられていましたね(「出アフリカ」の項)。六十万年前 というと、アフリカで見つけられたハイデルベルゲンシスの化石の一番古い年代です。大雑把には、その頃を初期のハイデルベルゲンシスの時代とみな していいでしょう。アフリカでの彼らの遺跡は、東アフリカ一帯はむろんのこと、南アフリカの南西端に近い場所からモロッコの北西沿岸まで広がって います。この分布を達成する過程では、彼らの出身地がアフリカのどこであれ、赤道直下のヴィクトリア湖などの周辺でも生活したはずです。赤道アフ リカからマダカスカル島にかけてはマラリアの最多発地帯といってもよろしい。間氷期なら、マラリアを媒介するハマダラカのような蚊がブンブンと群 れをなして飛んでいたに違いありません。島さんなら言下に、そんな状態ではハダカの原人が生き延びられるはずはない、とおっしゃるでしょう。『は だかの起源』では、これに近い表現をなさっているからです。
六年前に書いた教科書では、僕もその説を受け継ぎました(102ページ)。しかし今では変節しています。きっかけは夏の野外パーティーです。あ る家族の愛犬(ダルメシアン)が、無残なほど蚊に刺されていました。その後、チンパンジーに感染するサル・マラリアのあることを知ったり、ヒトの 熱帯熱マラリア原虫がサル・マラリア原虫の突然変異で生まれたことを読んだりして、疑いを深めました。そこで、京都大学野生動物センター「熊本サ ンクチャリ」の鵜殿俊史(うどのとしふみ)さんに伺ってみました。鵜殿さんたちはサンクチャリで飼育しているチンパンジーの中で、ヒトの四日熱マ ラリアに感染している個体を発見されていたからです。
鵜殿さんは、「毛皮に潜り込もうとしている蚊や、顔などの無毛部分を刺している蚊をよく見る。チンパンジーはそれをあまり気にしていないよう だ。四日熱マラリアに感染していたどの個体でも、症状は全く見られなかった。また欧米では、熱帯熱マラリアの病態モデルとしてチンパンジーにマラ リアを人為的に感染させているけれど、その際にはチンパンジーの脾臓を摘出しておくそうだ」、と教えてくださいました。これらのことを考え合わせ ると、ケモノでも蚊に刺されることがわかります。そしてマラリア原虫は本来の宿主でなくても、それに近縁な生物には感染して、潜伏することはある らしいですね。でも、普通の状態なら症状を表さないようです。それから、毎年百万人以上のマラリアによる死者の主な原因になっている熱帯熱マラリ ア原虫は、ハダカのヒトという宿主ができた後に出現した可能性があります。四日熱マラリアや三日熱マラリアでも同じことです。
だとするとハイデルベルゲンシスの時代には、今のヒト・マラリア原虫はいなかったかもしれないし、すでにいたサル・マラリア原虫に感染しても発 病はしなかったかもしれません。こんな可能性が残っているなら、現在の熱帯熱マラリアを前提にして、人類の毛皮の有無を論じるのは危険です。 じゃぁ、ハイデルベルゲンシスの時代から人類はハダカだったか、と訊かれれば、「それは違う」と僕は思います。アフリカに限ったとしても、縫製さ れた毛皮の衣服なしに、ハダカの人類は生きていかれなかったでしょう。理由は、人類は陸に住んでいて、体格が超大型ではないからです。そしてサピ エンス以外の人類は、毛皮の緻密な縫い合わせに必要な「縫い針」をもっていなかったからです。角や骨を使わなければ、糸穴のある針は作れません。 遺物にそれを遺したのは、サピエンスだけなのです。「野生動物でハダカの種が現れる例は、あるといっても一科に一種」とおっしゃる島さんに洗脳さ れた僕の結論は、(一)です。人類の中ではサピエンスだけがハダカになって生き残り、ネアンデルターレンシスはついにケモノのままで絶滅した、と 推理する次第です。
いや、「僕が推理した」と書いては、島さんの卓見を横取りすることになってしまいます。「皮膚や毛皮」の項で書いたとおり、島さんは「在野の研 究者の立場を貫いて」こられた方です。こういう立場の人の研究を徹底的に(といってもいいと思うんですけれど)無視するのが、アカデミズムに芯ま で染まっている日本の学界の悪癖です。「アカデミズム」を『広辞苑』で引いて見ると、「学問・芸術における権威主義的傾向。官学ふう」とも書いて あります。だからこんな魅力的な見解が、発表から八年も経っているのに全く無視されているんです。日本の学界のもう一つの悪癖は、そういう研究や 学説がひとたび外国(悲しいことに、それは欧米とよばれる国々に限られる)で評判になると、その外国語を日本語に訳して自分の手柄のように吹聴す ることです。――チョッと大げさにいえばね。
そこでお願いがあります。どなたか、島さんと木楽舎から了解を頂いて、
島 泰三著『はだかの起源』(木楽舎、2004)
を英訳して出版してくださ い。あるいはフランスやドイツの出版社に翻訳版を出すように力をお貸しください。僕には語学力も出版社への手づるもないからです。この本、イギリ ス人が「おらがお国の」と自慢しているダーウィンさんの論法を(だからその結論も)かなり手厳しく批判しています。だから英国の出版社は出してく れないでしょう。「反進化説」の出版社じゃなければアメリカでもいいのかな?
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