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「展覧会の絵」 ピアノ曲について
"Pictures at an exhibition"  about piano version

■1. 概要

/ 展覧会の絵 / Pictures at an
            exhibition「展覧会の 絵」はムソルグスキーが 1874年に作曲したピアノ譜が原曲です。この自筆の譜面を自 筆譜(後 に複写譜が出たので、ファクシミリ版とも呼びます)といいま す。また、譜面として出版されたのは1886年(ムソルグスキー没後5年)のリ ムスキー=コルサコフ校訂版が最初でした。また、自筆譜に忠実なラム校訂版(原典版とも呼ばれる)の出版が1931 年です。そして、これ以外のアレンジを加え たものもあるので、全部で 4種となります。

ただ し、演奏レベルでは、自筆譜と原典版の違いは僅少なのでひとつに見なすことができ、

自筆譜、ラム校訂版(=原典版)
リムスキー=コルサコフ版
それ以外のオリジナルアレンジ(ホロヴィッツなど)

の3種類の演奏に分ける方が現実的だと思います。

ところで、演奏家の使用譜や意図がCDのライナーなどに明記してあることは稀です。また、実際の演奏では折衷も珍しくなく、自筆譜にあ る異稿部分を 弾く場合もありますし、同じパッセージでも演奏者の解釈の違いによって、大きな差がでる場合もあります。こうした現象の要因としては、ム ソルグスキーの譜 面にあまり細かな演奏指示がないことも大きいように思います。R=コルサコフ版ピアノ譜やラヴェル版オケ譜など見ると音の強弱や速さなど が細かく指示して あり、こうした違いが明白です。


■2.自筆 譜 (1874年)

1874年7月4日にムソルグス キーは「展覧会の絵」をスターソフに献呈しており、現在はレニングラード国立公共M.J.サルティコフ・シェッシュドリン図書館に保存さ れています(手稿 本部門、M.P.ムソルグスキー基礎資料502番、文書番号129)。この複写譜が、エミリア=フリードの校訂(解説を付けたにすぎな い)で1975年に モ スクワのムジカ社から「ファクシミリ版」として出版され、広く世に知られるようになりました。このため、自筆譜とかファクシミリ版と呼ば れています。

なお、自筆譜の譜面には、何カ所かに修正や「またはこのように弾いて良い」といったコメントとともに異稿が書かれてい ましたが、ラム校訂版(原典版の項を参照)にこれらは詳しく紹介されています。異稿譜部分は上から紙が貼ってあったりするのですが、ファ クシミリ版ではこ うした貼り紙の下になっている部分の紹介はないので、ちょっと残念に思います。

この自筆譜/ファクシミリ版を使った演奏としては小川典子さんのものが有名です。

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                exhibition
小川典子の
自筆譜版
ワー レンベル グの
R=コルサコフ版

リ ヒテルの
原典版



■3.リム スキー=コルサコフ版 (1886年)

1881 年のムソルグスキーの死後、多くの未完成作品や未発表作品が残されました。そして、その多くはリムスキー =コルサコフの努力によって世に知られるようになりました。そして、「展覧会の絵」もコルサコフの改訂を経て、世にでました(1886年)。 これはムソル グスキーの作曲があまりに大胆な音楽的表現であり、また 未完成のように思われたためと言われています。自筆譜や原典版とは次のような違いがあります。

1.ビドロ: ピアノで始まる。だんだん音が大きくなっていく。
2.サミュエル:最後の終わり方がドレドシ(自筆譜/原典版はドレシシ)。

ビドロの出だしの違いは解釈の違いによるもので、ビドロを 「ポーランド民衆の蜂起の様子」とするならフォルテで始まり(原典版)、「遠くから牛が荷車をひいてやってくる様子」とするならばピアノで始 まります(R =コルサコフ版)。ちなみにラヴェル編のオーケストラ版は、ピアノで始まり徐々に音を厚くしていく構成で、コルサコフ版を元にしているためで す。原典版が 出る まで50年近くあり、それまで、ずっとコルサコフ版が「展覧会の絵」そのものでしたので、古い録音などはコルサコフ版の演奏が特に記載されな いままクレ ジットされていることがあるようです。

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          exhibitionた だ、実際にリムスキー=コルサコフ版の譜面を見ていくと、(ラヴェル版などと比べ)むしろ自筆譜に忠実であり、違うのは強弱や速さの指示がか なり細かく書 いて ある点だと思います。リムスキー=コルサコフは、ムソルグスキーと親しい間柄でしたから、彼自身による演奏も聴いており、その時の演奏速度や 強弱などをメ モに遺しています。こうしたことから、ムソルグス キーの意図も十分 に 知りつつ行った演奏指示だと思います。ただ、これによってリムスキー=コルサコフ色が強くなったことは否めません。また、ラヴェル版はこ のリムスキー=コ ルサコフ版を基に作られたことが知られています。

原曲(自筆譜/原典版)、リムスキー=コルサコフ版、ラヴェル版(管弦楽曲)の違い(PDFファイル)は、こちら

演奏はワーレンブル グ
(キエフの大門の111小節目からの下降旋律の前に4小節が挿入されているところはちょっと変わっていますが)やブレンデル(1955年:後述)のものをおすすめします。


■4.原典版 (1931年)

ムソルグスキーの死後50年たった 1931年、やっと自筆譜に忠実な校訂がなされて出版されました。出版社はモスクワ国営音楽出版社とウィーンのユニヴァーサル社。校訂は音楽 学者のパベル =ラム。 これまでで、もっとも広く使われている譜面だと思います。現在は、ドーヴァー出版から Mussorgsky "Pictures at an exhibition and other works for piano" というタイトルで出されています。この校訂譜は、自筆譜にかなり忠実に清書されており、異稿部分なども、詳細に紹介されていました。しかし、 この譜面の価 値はなかなか知られずにいました。

東西冷戦時代の1958 年、ソ連の「幻のピアニスト」といわれていたリヒテルがブルガリアの首都ソフィアで、原典版を演奏し(世に言うソフィア・ライブ)、これがレ コードとして 発 売され、一挙に原典版が注目されるようになったように思います。1958年を境にして、これより前の録音はほとんどがコルサコ フ版なのに(リヒテルとエルデマンのみが原典版で演奏・録音している)、これ以降の録音は原典版が普通になり、一挙に増えていくのです。

現在では、多くの録音があって、普通にピアノ演奏の「展覧会の絵」を買うと、ほとんどがこの原典版の演奏です。そうした中で、アルフレッド・ ブレンデルは 1955年にコルサコフ版、1985年に原典版の録音をしています。ひとりのピアニストで両方の録音をしているのは他に例が 無く、聞き較べたい方にはおすすめです。

また、1975年のファクシミリ版も参考にして、シャンデルトが校訂した楽譜が、ウィーンのウルテキスト社から出版されました(1984 年)。アシュケ ナージによる運指や解説が載って います。日本では音楽之友社が日本語版を出してくれています。これをウィーン原典版といいます。演奏の上では自筆譜、ラム校訂版、ウィーン原 典版の違いは ほとんどわかりません。

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ブ レンデルの
R=コルサコフ版 (1955年)

ブ レンデルの
原典版 (1985年)

ホ ロヴィッツ の
オリジナルアレンジ

江 口玲の
ホロヴィッツ版



■5.ラヴェル風の演奏

「展覧会の絵」が広く世にしられるようになったのは、ラヴェル編曲による管弦楽が人気となったためです。そして、ラヴェル版を聴いた耳には、 原典版のピア ノ曲が無骨で地味なものに聞こえ、違和感を感じることがあるようです。そもそも、ピアノはひとりで演奏しますから、指揮者とオケの団 体作業よりもはっきりと演奏者個人の趣向があらわれやすく、個性的な演奏がもともと多いものです。このため、ピアノ譜に原典版を使おうとリム スキー=コル サコフ版を使おうと、演奏する際に、意図的にまたは無意識にラヴェル風のアレンジを演奏者が行うことがあるのです。

ラヴェル風という場合、大体、次のような特徴をいいます。

1.第1プロムナードをファンファーレ風に華やかに弾く。
2.ビドロが弱音ではじまり、だんだん大きくなる。
3.雛の踊りのダ・カーポの後、20小節が終わってからコーダへ飛ぶ。
4.サミュエルの最後がドレドシで終わる。
5.第5プロムナードを省略してしまう。

なお、原典版を使いな がらも、リムスキー=コルサコフ版のようにビドロを p で始めたり、サミュエルの終わり方をドレドシにする場合もあるように思いますが、これらもラヴェル版の影響と見なすことができるケースがある と思います。


■6.ホロヴィッツ版

「展覧会の絵」のピアノ版は、リヒテルとホロヴィッ ツの演 奏が双璧だと思います。両者は対照的で、リヒテルはロシア風の「展覧会の絵」なのに対して、ホロヴィッツはラヴェル風のアレンジに加えて、華 麗な装飾が あり、ホロヴィッツ版と称されています。1947年と1951年の録音がありますが、1951年のものの評価が高いようです。ホロヴィッツ版 は楽譜が残さ れていないのですが、近年、録音からの採譜が行われ、日本人奏者による録音が見られるようになりました。


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