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2013/02/07
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私が薦める科学の本
広島大学名誉教授
天野 實
2011年11月広大のホームカミングで理学部生物学科の学生に話をしたい事の一つは読書のことでしたが、なにぶんにも時間が無くてまったく
話しませんでした。実は本を整理していて、次のような本を読んで欲しいと思っていたのです。見て下さい。
■ロマンチックな科学者・世界に輝く日本の 生物 科学者たち
井川洋二編著、羊土社、平成4年(1992)
p 5 井川洋二
明治時代からの知識偏重主義の悪影響が、根強く残っている。未だに科学のあり方や研究の進め方などを外国に頼り、留学の
間に学んだことを日本に持ち帰り、それをスモールスケールで維持しているのが現状であろう。
p 31 箱守仙一郎
はじめ考えられていた仮説が実験で立証されることよりも、仮説とは違った結果が出た方が、おもしろい発展をみること
の方が多い。最初立てた仮説に
従って実験をし、その結果が否定的であった場合に、どのように次の仮説を立ててゆくか、どのようなアプローチ
をするか、それが科学者の力量の分かれ目であろう。天才的といわれる人々の仕事の進め方は、仮説の立て方とアプローチの仕方の二点が優れて
個性的で、鋭いひらめき、直観に大いに依存している。
p 100 野村眞康
忘れ得ぬ会話。ポストドクとしてアメリカに行くことの意義についてである。 アメリカに行くのは技術を習いに行くた
めではない。どのようにして問題をとり上げるか、そうしてその問題を解くためにどのようなアプローチをとっていくのか、そういう考え方を学ぶ
ために、ポストドクとしてアメリカに行くのではないか。 それを学んだ後、日本に帰ってきて自分で研究をするときに、スピーゲルマンのように
功を焦って実験結果が完全に信用できるようになる前に発表するようなことをしないで、慎重に研究実験をすすめていくようにすれば、それでよい
のではないか。 スピーゲルマンは頭がよいだけでなく、若い人たちを刺激、感化していく指導力のある人物なので、どのようにして科学をするの
かということを学ぶのには、非常に有益なはずだというような意見であった。
p 121 末岡登
キャルテックの雰囲気で一番よかったのは、どの教授ともすぐに話に行けることであったし、また学問的に超一流の教授たち
がいつでも気軽に話に乗ってくださった。多くの先生といつでも話にいけたし、実際よく話にいった。こういったところがアメリカ大学院教育の特
長であり強みであると思う。 ハーバード大学では、ワトソンがスポンサーになってくださり、レヴィンの実験台、ワトソンがアドバイザーDNA
操作はドウティのところと三人の教授たちの教えをいただける身となった。
p 145 高久史麿
研究室の活性度は、百パーセント誰がチーフになるかによって決まってくる。 すべての組織はその大小を問わず、それが
うまく運営されるか否かは組織機構もさることながら、結局はその組織を構成する人員によって決まり、中でも組織をリードする者によって大きく
左右されるというのが当時の私の考えであり、今でもその様に思っている。
p 179 井村裕夫
日本の小学校、中学校では主として事実を教え込むが、フランスでは論理の進め方を繰り返し教え、大変大きな違いがある
ということであった。 フランス人はロジックを大変重視し、一見論理的でないようなことはなかなか信じない、アインシュタインの相対性理論も
フランスではなかなか受け入れられなかったという話をされた。 手っとり早く学力をつけるには日本の教育の方がよいが、研究者を育てるに問題
があると考えられる。
p 196 堀田凱樹
上手な話し方について (1)聴衆は完全に無知であると思え(これはデルブリュックの教えと同じ)。 (2)聴衆の知
性は千差万別であると思え(デルブリュックの教えとは異なる)。 (3)聴衆がおのおの自身より一段上のレベルまで理解できるようにせよ(こ
れが新しい)。
p 201 村松正美
(教訓一)一義的に好きなことをやれ。 (教訓二)より良い研究のできるところへ移れ。 新しい技術を取り入れるのに 躊躇するなかれ。
p 237 大野乾
私の意見では、日本の基礎生物学の実力は、欧米諸国のそれと比較して比肩こそすれ遜色ない。 問題は、実力と比べて影響
力がはなはだ乏しいというところにある。 これは言語の問題であると思う。幕末、維新の有志は、西欧文化の急速な吸収の手段として、やむをえ
ず外国語を習ったわけであるが、これからの日本人は、自己の成果の宣伝のために自ら進んで外国語を学ぶべきだと思う。 願わくば、次の世代の
日本人生物学者の中から、世界に影響を与え得るような碩学の誕生を望む。
科学史の本を読んで欲しい。例えば、
■科学史入門:七人の先駆者を中心として。 ガリレオ、ニユートン、ラヴォアジェ、ドルトン、ダーヴィン、パスツール、アインシュタイン。玉
虫文一編 培風館、昭和54年、1979.
■ネルンストの世界:
ドイツ科学の興亡:K.メンデルスゾーン著、藤井かよ、藤井昭彦訳、岩波書店、1976、昭和51年。
本書はこのネルンストを中心に、ドイツ科学の推移興亡を記した(物語)である。この輝かしいドイツ科学の立役者たちと、なんらかのかたちで、
直接にかかわりあいをもった著者の筆により、偉大な業績の数々と、それにもまして,彼らの桁はずれに愉快な人間性の一面が、愛情をこめて語ら
れている。 こうした人々のうち、十指に余る科学者がノーベル賞を受賞したことを考えあわせると、この時代のドイツ科学は、歴史哲学の言い方
を借りれば、まさに神々の時代、英雄の時代と呼ばれるにふさわしいものであろう。
■オットー・ワールブ
ルグ:生化学の開拓者。H.クレブス著、丸山工作、丸山匠訳。岩波書店。1982、昭和57年、
本書は生物学者や生化学者のためだけにかかれたものではなく、この分野に興味を持つ一般の読者、さらに、偉大な学問上の業績の背景に秘められ
た人間性に関心を抱かれる読者を想定している。 著者としては、生化学の知識にあまり詳しくない読者層に広く読んでいただきたい、と願ってい
る。人間ワールブルグの魅力的な個性は、専門の業績があまりよく理解できなくても、十分に興味をそそられる対象だからである。
さらにこの伝記は、ワールブルグが決定的な影響をのこした分野に学ぶ学生諸君にも、興味深いであろう。今日このようは錯綜した学問領域に取り
組んでいる学生諸君には、専攻領域の歴史に目を向ける時間的余裕がない、と聞いている。しかしながら歴史的展開の知識こそ、現在の状況を把握
するためにきわめて重要なのである。 ワールブルグの人脈。
■インシュリン物 語:G.レ
ンシャル、G.ヘテニー、W.フイーズビー著、二宮陸雄訳。岩波書店。1965、昭和40年。
この本は二年前にインシュリン発見四十周年を記念して書かれたものであります。 私たちはインシュリン誕生の地トロントにおいて、それにまつ
わる人と場所とを身近にして、この本を書くことができました。ベスト博士は私たちの師であり、同僚であり、長年にわたる友人であります。 し
たがって、当然のことながら、資料の多くはベスト博士自身の口から語られました。本書がもし人の心を打つものを持つとすれば、小説よりも奇な
るその物語のゆえであると同時に、一九二一年当時のあの決定的な数週間、労をわかったバンィングとベストの二人を結ぶ友情と誠意のきずなの強
さであり、この物語の内容の真実さの故でありましょう。
■新インスリン物語:丸山工作著、東京化学同人。科学のとびら14.1992、平成四 年、
インスリン生物学の進展にともない、文字どおり、この生命物質がどのようにしてつくられ、いかにして働くのか分子レベルで説明できるよう
に なった。そこで、歴史と現状とをまとめて、「新インスリン物語」にチヤレンジしてみる気になったというわけである。
この本は、歴史として確立されている事柄と、日進月歩の現在に至る研究史とをリンクする企てから書かれた。インスリンというホルモンに焦
点を
当てながら、組織学、内分泌学、生化学、生物物理学、細胞生物学、分子生物学、進化学とたいへん広い分野を扱っている。それだけに私にとって
は、やり甲斐があると同時にきつい仕事となった。
話の発端は、あるパーティーの席上、東京化学同人の植木厚社長から、科学者の生きざまを通じて研究の発展史を「現代化学」に書くようお勧
めを
うけたことにある。そこで、年来集めていたインスリン研究史資料がかなりまとまった段階でこの物語を書きはじめた。「現代化学」の平成二年四
月号から三年十二月号まで連載された十八編に第十章の書き下ろしを追加したのが本書である。既発表分は若干の手直しをしたが、第十九章は
かな りの訂正と追加をおこなった。
■ヘ
ラクレイトスの
火:自然科学者の回想的文明批判:E.シャルガフ著、村上陽一郎訳。岩波書店。同時代ライブラりー39、1980、昭和55年。
著者のシャルガフについては、本書が自伝の意味を持つのだから、紹介は本書の内容に委ねるとして、この本の面白さは、少なくとも三つあ
る。一
つは、言うまでもなく、生化学の確立と、分子生物学の誕生という劇的な時期のヨーロッパ、アメリカ双方を体験し、自身そうした事件に深いかか
わりをもった著者の生の証言に接することができる、という点である。 第二には、今西紀初頭にオーストリアに生まれた著者が、未だ世紀末
の名
残りを残したヴィーンに育ち、二つの世界大戦にあそばれつつ、ペダンテックな少年から研究者への道を歩むに到る間の時代相の変化や、ヴィーン
のオーストリア、ベルリンのドイツ、パリのフランス、そしてアメリカの土地相の多様性などが、実に鮮明に読者に伝わってくる点である。
第三
に、著者の立場からの強い科学批判が、極めて現代的な息吹きをもって訴えられているということを挙げよう。 しかし、何ものにもまして、本書
の最大の魅力となっているのは、著者シャルガフの「人間」そのものである。 アメリカではもちろん、ヨーロッパでさえも最近は稀になって
し
まった恐ろしいほどの教養-----この言葉のもつ最も勝義の意味内容における-----は、とりわけ著者自身の最も愛する言語(と文学)に
向かって、奔放な拡がりを見せ、恰も文芸のジャンルの書物かと見まごうばかりの「批判精神」の表出は、天性のウイットと苦いユーモア、や
や斜
に構えた犀利な洞察力と、風俗、ありきたり、衆愚を徹底的に拒絶する高い感性とに貫かれて、科学を扱うときにもまま凄じさを感じさせる。
363ページのすごい本だ。
■二重らせん;DNAの構造を発見した科学者の記録;ジェームス・D・
ワトソン著、江上不二夫、中村桂子訳。パシフィカ発行、改訂版、1980、昭和55年。
この本はおもしろい本である。そして考えさせる本である。
■ロザリンド・フ
ラン クリンとDNA:ぬすまれた栄光:アン・セイヤー著、深町真理子訳。草思社。1979.昭和54年。
お読みいただけばおわかりのように、この本は、全体として、ジェイムス・D・ワトソンによる「二重らせん」への反論のかたちをとっていま
す。 本書を書こうと思った動機については、本文中に詳しく書いてある。
■大学新入生に勧める 101
冊の本・新版。広島大学101冊の本委員会編・岩波書店。
■J.B.Watson
et al., Molecular Biology of the Cell (4ed), Garland Science,
2002.
■J.B.Watson et
al., Molecular Biology of the Gene (5ed), Benjamin
Cummings - CSH laboratory Press, 2004
■Lehninger:
Biochemistry
■Scott
Gilbert, Developmental Biology (9ed), Sinauer Associates,
Massachusetts, 2010
■J.B.
Watson et al., Recombinant DNA (2ed), Scientific American Books,
New York 1992
■要説・分子・細
胞生 物学。E.D.P.デロバティス著、新津恒良訳、HBJ出版局
■細胞融合と細胞
工 学。岡田善雄。講談社サイエンティフィク。
■偶然と必然。
J、モ ノ著。みすず書房。
■生物顕微鏡の基
礎。 八鹿寛二著。培風館
■クロー・遺伝学概説。J.F.ク ロー著。木村資生訳。培風館
■沈 黙の春。R.カー ソン著。青樹訳。新潮社
■奪われ
し未来。シー ア・コルボーン他著。長尾力訳。翔泳社。
■基礎生
態学。 E.P.オダム著、三島次郎訳。培風館
これ位の本は読んでほしいです。 できれば訳本でなく原書で読んで欲しいです。
※編集注:このページは、天野先生からのメールを元に構成し
たものです。本の表紙は、比較的新しい版のものを表
示しています。また、判型の大きさはまちまちですが、レイアウトの関係で大きさを揃えて掲示してあります。