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2009/01/12 |
■1.概要
1881
年のムソルグスキーの死後、遺稿の整理にあたったリムスキー=コルサコフは、1886年に「展覧会の絵」のピアノ譜をベッセル社から出版
します。このわず か5年後の1891年にリムスキー=コルサコフの弟子であったトゥシュマロフが管弦楽化を行っています。
「展覧会の絵」はピアノ譜としてはかなりの難曲と
して知られていますが、それは管弦楽曲の習作としての作品であった証左でもあり、この後、多くの音楽家が管弦楽への編曲を試みるのでし
た。よく知られてい
るのは、ウッド(1915年)、フンテク(1922年)、ストコフスキー(1931/39年)、カイエ(1937年)、ゴルチャコフ
(1944年)、ア シュケナージ(1982年)などですが、やはりラヴェルの編曲が嚆矢といってよいでしょう。
なお、ピアノ曲である原曲は、ムソルグスキーの自筆譜(ファクシミリ版)、自筆譜に忠実なラム校訂版に先んじて、リムスキー=コルサコ
フの改訂によ
る版が世に広がっており、どれをベースにするかによって管弦楽曲や器楽曲の編曲もかなり違うものになることがあるようです。また、いずれ
をベースにして も、ラヴェル版の影響はかなり強く、なんらかの類似性を感じさせる編曲も多いように感じます。
オーケストラの魔術師と呼ばれるモーリス・ラヴェル。その彼が、1922年、ボストン響の常任指揮者であったクーセヴィッキーから依頼
を受け、ムソ ルグスキーの「展覧会の絵」を管弦楽曲に編曲 しました。初演は同年10
月19日、パリ・オペラ座でした。クーセヴィッキー+ボストン響による演奏は1924年11月7日。録音は1930年のことです。また、
楽譜出版は
1929年、ロシア音楽出版(後にブージー&ホークス社が買収)から。ラヴェルの自筆譜は、ブージー&ホークス社の委託により、現在はワ
シントンD.C. の議会図書館に保管されています。
このラヴェル版は、演奏されるやいなや大変な評判になり、「展 覧会の絵」は一躍、人気曲となりました。しかし、クーセヴィッ キーは、5年間の演奏権を確保したため、しばらく他のオケではラヴェル編を演奏できませんでした。そのため、フィラデルフィア管ではカイ エ版、ストコフス キー版が作られました。また、5年たって解禁された後も、かなり高額な著作権費を払う必要があったらしく、さまざまな編曲が必然的に生み 出されたようで す。ちなみにムソルグスキーには著作権がありませんでした。革命後のロシアでは著作権を認めていなかったからだと聴いています。このた め、原曲(ただし、 当初はリムスキー=コルサコフ版のピアノ譜)もオーケス トラ人気にひっぱられて演奏されるようになりました。
ラヴェルが編曲をした時の状況は下記のとおりです。
(1) リムスキー・コルサコフ改訂の楽譜(1886年発行)を元にしました。ムソルグスキーの自筆譜やそれに忠実な譜面(1931年に出たラム 校訂版、いわゆる 原典版)を見ることはありませんでした。このため、原曲とはかなり異なる部分があります。ビドロがフォルテでなく、ピアノで始まるところ な どは有名な「違い」です。より詳しく知りたい方は、こちら。
(2) ハルトマンの絵もほとんど知りませんでした(多分)。従って、彼は曲のタイトルとピアノ譜のみから、イメージを膨らませて編曲を行ったと 思い ます。これによって、グノムなどはかなりおどろおどろしくなってしまったと思います。
しかし、ラヴェルの編曲は実にすばらしいものでした。華やかで壮大。多彩な楽器群を用いて「展覧会の絵」を色彩豊かなものにしました。
楽器の構成は 3管編成ですが、アルト・サックスを起用して古城の主旋
律を奏でさせたり、短いフレーズでもチェレスタを使ったり、さまざまなパーカッション類を入れたりと華やかで豪勢な楽曲にしています。ま
た、1曲ずつ主役
になる楽器群が代わる楽しさもあります。とりわけ、管楽器の使い方が斬新で、地味な曲を優雅な曲に鮮やかに変えて、人々を魅了
しました。出だしのプロムナードなどはトランペットのソロで始まりますが、これなどはまさにフランス人好み。展覧会のオープニングを飾る
ファンファーレと なっています。
原曲とは違う魅力を持っていることが、ラヴェル版の成功の理由であり、おもしろさではないかと思います。ラヴェルは、演奏する側からす
ると楽器や演 奏の確保に苦労する(=つまりはお金がかかる)曲でもありますが、「展覧会の絵」と
いうモチーフを見事に生かし切った編曲だと思います。
参考:ラヴェル版の楽器編成
【木 管】 | 【金管】 | 【弦】 | 【打】 |
フ
ルート 3 ピッコロ (第3フルートが持ち替え) オー ボエ 3 イ ングリッシュ・ホルン 1 (第3オーボエが持ち替え) ク ラリネット 2 バス・クラリネット 1 ファ ゴット 2 コントラファゴット 1 アルト・サックス 1 |
ホ
ルン 4 ト ランペット 3 ト ロンボーン 3 テュー バ 1 |
ヴァ
イオリン ビ オラ チェ ロ コ ントラバス ハー プ 2 |
ティ
ンパニ シンバル 小太鼓 大太鼓 タムタム グロッケンシュピール(鉄琴) 木琴 チェ レスタ トライアングル クレセル(がらがら) ムチ チューブラー・ベルズ(チャイム) |
■3.ラヴェル版に見るお国柄
ラヴェル版の「展覧会の絵」は、もともとはロシア風の民俗的な旋律のもの を、ラヴェルがフランス風に味付けしたものですから、指揮者やオケによってかなり異なる演奏になることがあります。そこで、大ざっぱに分 けると 、フランス風、ロシア風、インターナショナル風の3つがあるように思います。個人的にはロシア風の演奏が「展覧会の絵」らしいように思い ます。
<フランス風>
アンセルメ+スイス・ロマンド管: 4回の録音あります。
デュトワ+モントリオール管: アンセルメよりも好演だと思います。
クリュイタンス+パリ管: フランス風でありながら、ロシア風味を含み、ひとつ上を行く演奏になっています。お薦め。
<ロシア風>
フェドセーエフ+モスクワ放送響: これ以上はありません。3回の録音があります。どれもよいです。お薦めです。
フ
ランス風の アンセルメ+ロマンド管 (1959) |
フランス風の
デュトワ+モントリオール管 (1985) |
ロ
シア風の フェドセーエフ+モスクワ放送響 (1989) |
イ
ンターナ ショナルの ライナー+シカゴ響 (1957) |
イ
ンターナ ショナルの 大植英次+ミネソタ響 (1996) |
■4.ラヴェル版の上手なオケ
<シカゴ交響楽団>
ドイツ出身のヴァイオリン奏者でニューヨーク・フィルの楽員でもあったセオドア・トーマスに
よって、1891年に創立されたアメリカのオケ。略称CSO。第4代首席指揮者のロジンスキー、第6代のライナー、第8代のショルティな
どの貢献がよく知 られて
います。現代性という点では、ウィーンフィルやベルリンフィルを凌ぐオケであり、ラヴェル編の「展覧会の絵」の録音は、クベリーク
(1951年)、ライ ナー (1957年)、
小澤征爾(1967年)、ジュリーニ(1976年)、ショルティ(1980年)、ヤルビ(1989年)などがあり、いずれも秀逸です。
<フィルハーモニア管弦楽団>
EMIのプロデューサーであったウォルター・レッグによって1945年に創設されたイギリスのオーケストラ。録音用のオケとして組織され
たといわれていま す。
略称PO。1964年に一旦解散しましたが、楽員によってニュー・フィルハーモニア管として自主運営されて存続し、1977年に再びフィ
ルハーモニア管を
名乗るようになりました。「展覧会の絵」についてはラヴェル版の演奏でマッケラス(1973)年、マルケヴィチ(?年)などがあります。
また、ラヴェル以 外の編曲も多く録 音しており、ストコフスキーによるストコ
フスキー編(1966年)、アシュケナージによるアシュケナージ編(1982年)、シモンによるレオナルド編(1992年)などがありま
す。いずれも聴き 応えがあります。
クベリーク+シカゴ響の
ラヴェル版 (1951) |
ジュ
リーニ+ シカゴ響の ラヴェル版 (1976) |
マッ
ケラス+ POの ラヴェル版 (1973) |
ス
トコフス キー+POの ストコフスキー版 (1966) |
ア
シュケナー ジ+POの アシュケナージ版 (1982) |
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